太秦
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■太秦界隈

木島神社
木の島さん(神社)の境内は春日さんの境内に比べると相当に広く、この絵の正面にある能舞台を初め本殿、社務所、三方を向いたの石の鳥居その鳥居の下の湧き水の池(今はごくわずかな湧き水があるだけなので池の風情はないが)背景のケヤキの大木などの鬱蒼とした雑木林、それに神社に併設された保育園がある。場所柄この神社では水戸黄門などの時代劇のロケが行われることがあるし、五月ごろにはお祭りの御輿が繰り出される。正月のお参りにはここに行くことが多い。

春日神社
春日さん(神社)の狭い境内は大きなモチノ木の木陰になっていて前の田んぼを渡って来る風があって具合が良い。遠景にはM重工の工場、その北側の背の高い遮蔽林その手前の住宅と駐車場、その手前を府道が走り、それをはさんで穂のでかかった水田とそれに接した住宅、そして近景は崩れかかった石囲い。

製函工場
太秦の真ん中を三条通が少し傾ぎながら東西に走り、この道に絡むように時にその真ん中に軌道を置いて走っているのが嵐電である。蚕社から太秦駅の間の線路上にこの絵の木材加工工場がある。大型の装置の搬送用の木枠を作っている工場である。真夏の如何にも暑苦しい絵であるがこれも太秦の一景なのである。

プラント
太秦の南側にはM重工の大きな工場があってちょっとした工場区画を構成しています。これらの工場群は必ずしもM重工の関連工場ばかりでなく、電子基板工場や、車の整備工場などが集まっている。この銀色のダクトとサイロのようなものは北側の工場群のひとつが備えている施設で、形が面白くスケッチしたもの。

藤木町
太秦の典型的な街角風景ともいえる。遠くに仁和寺のお山が頭だけ覗いている。前の道からは約30cm低くなった木造1階の3軒長屋の軒下から北の方を向いての風景である。この絵は2年ほど前のもので、日差しを避けるために庇を借りた長屋は今は駐車場に化けてしまった。新興の住宅が建つと車が増えるので駐車場がそこここに町を虫食い状態にしてできてくる。

広隆寺
太秦の代表的なスポットの一つが広隆寺なのです。三条通に面した山門の6,7段の石段を上がると門の足元に至る。両脇には4m余の仁王さんがカット目を剥いて睨んでござる。寺は聖徳太子の建立になるとか京洛においても古さでは相当のもの。この寺で有名なのは国宝第1号となった弥勒菩薩(かのブーノタウトをして絶賛せしめたという)なのです。百済仏の影響を色濃く残す美しい乾湿像は古来この地域を治めていた渡来人秦氏の所産ではないだろうか?

住宅1
太秦界隈では良く見られる風景。畑の中に住宅ができては昔のことで、今は住宅の中に畑が散見される。映画村の前の道を南進して東西に走る道と3差路で出会う一角の風景。

住宅2
この絵はM重工の北に位置する新開地で畑の中に建った今風の建売を描いたもの。横つきつきに立てる京都方式はまもられていて、家の構造はほぼみんな同じなのにアクセサリが少しづつ違っている。屋根の高さも微妙に違っていて面白い。

I農場西1
I農場を南に眺めたスケッチで、破れ車の僧を奉る祠越しに建築中の3階建て木造住宅が見える。太秦界隈でも更地にした土地には駐車場ができるか、この手の3F木造住宅が建つのが習いのようだ。このスケッチを描いたときは日の入りま近で色が彩度を減じつつあった。

自宅東路地
これは拙宅の東の路地。古い町並みにはこの様に抜け道となる路地がいくつもある。地道なので犬の散歩には格好なせいか何匹かはこの路地をお好みルートにしている。両側に迫っている建物は昭和30年代と思しき文化アパートで建築以来の壁面は相当にくすんだねずみ色になっている。熱い季節になるとほとんど終日影になっているこの路地をひんやりとした風が吹くことがあてそんなときにスケッチしてみたくなったのである。

I農場南
I農場の北側のわき道東から西側を見た風景。とうもろこしが実をつけているので夏の季節になる。柿の木の葉も茂って強い影をつくっている。

自宅南西
自宅から眺めたご近所の風景である。古い家並みの一角であったのが、1軒の跡に9件の新築3F今様住宅が建った。西の空の1画が家の壁に置き換わった。

I農場西2
I農場の脇にあるトタン張りの平屋住宅。昭和前半期の雰囲気をかもし出している絵的には面白い風景である。一番手前は畑の中道際に茂った猫ジャラシ、その向こうには畑を低く這うかぼちゃの蔓、その先は何が植わっていたのかもうこの絵からは判別出来ない。塀際には夏みかんと柿のナリモノの木がうわっていてその先が淡いブルーのトタン板壁の家。

無量寺
この道は自宅の北裏のお寺の脇の道で寺の横を東西に5,60m走っている短い道である。道のどんつきのお家の落ち着いた風情、お寺の庫裏車停めの柵のリズムなどが題材として面白く、近所の珍しく好奇心の強い幼い姉妹に適当に付き合いながらスケッチしたのがこの絵である。
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