風景のコーナ
実り(有栖川)
案山子(嵯峨野)
花のトンネル(鳴滝)
菜の花畑(梅津)
雪景色(淵垣)
雪景色(和知 )
雪景色(欅 )
雪景色(山陰線)
双ヶ丘(花園)
長法寺(長岡京市)
嵯峨野
桂川C
桂川B
桂川A
広沢の池
洛外遠望B
洛外遠望A
有栖川
天神川
妙心寺
仁和寺眺望
松尾の山
嵐山
窓望外
玄関望外
嵯峨野
窓1
美山
平安のお堂

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■風景 のコーナ

実り(有栖川)(06,10,9)

太秦を嵐山に向かって西に走ると有栖川に出くわす。川沿いには未だ田んぼが其処ここに残っている。実りの秋を探していた。稲穂を前景に捉えた風景が有栖川のほとりに有った。ここの背景にも愛宕山がある。 

案山子 (嵯峨野)(06,10,9)

嵯峨野の田に稲穂が色づく季節。酒樽の顔を持った案山子にうさぎさんの顔を持った案山子など10体余りの案山子が並んだ田んぼがある。ミキーと田吾作?のペヤの案山子が面白かった。遠景には愛宕山が入っている。逆光を避けると大概この京の西北に位置する愛宕山が借景になる。 

花のトンネル(鳴滝)(06,5,2)

嵐電の白梅線沿線。鳴滝と高尾口駅の間にこの花のトンネルがある。市街地を走る路面電車とは言え線路入ってもウォーニングが出ないのはありがたい。花の季節は電車と花を撮ろうとマニヤのカメラマンが各々好みのスポットで一眼レフを三脚にセットしている。花見がてらぶらぶら鳴滝川を登ってきた私たちはスナップ用のデジカメで軽いタッチで花やらポートレートやら撮った。この絵はそれらのスナップから創作した。余分な支柱やら架線をカットして少しファンタジックな絵になればと思ったが、狙いからずれて看板の絵に近くなってしまった。

菜の花畑(梅津南広町)(06,4,20)

春は急にやってくる。といっても今年の春は中々暖かくなってくれなかた。京都市内でも未だ畑地の残る周辺部には目を引く風景が垣間見えるところがある。ここは週に1回自転車で出掛けるSwimmingの行き返りの道の途中に建物の合間に見える畑地の一つ。梅津のこの辺りは10F近辺のマンション群が増えている。菜の花畑の背景は見事にマンションばかり。藁屋根の農家を背景の菜の花であったり、小川の土手を背景にしたりがお決まりの素材なのだが流石に市街地では難しい。桂川の川原の一角にその様な菜の花があるので次の機会に絵にしようと思っている。

雪景色(淵垣)(06,1,8)

淵垣は綾部から舞鶴へ向かって一つ目の駅です。府道脇のこの無人駅も雪が積もると足元が危うくなって道を急く勤め人の気持ちとしては宜しくないのであるが、気持ちを持ち替えて画人としてその風景を見ると雪国の風情がそこはかとなく感じられて捨てたものではないと思う。列車のバックライトの表現はもう一工夫要りそうだ。

雪景色(和知)(06,1,8)

06年の新年を迎えても山陰線沿線も分水嶺を越える辺りからはすっかり雪景色になっている。仕事始めで綾部に向かう車窓からの風景の2枚目の絵だ。広々とした空間を描こうと思って選んだモチーフ。中景の町並みの雪景色はさしてして難しくないのだが、近景の杉林の雪の表現(砂糖をまぶしたように白い雪が付く)は白を塗り残すこの方式ではマスキングを用いるかしないと辛抱強く細かく描かないといけない。課題を残した形だ。 

雪景色(欅)(06,1,1)

綴れ折の雪道をカバンを肩に提げて登る。中腹辺りにこの一本の欅が佇んでいる。雪は小降りになっている。この絵では雪の付いた枝振りの表現がモティーフ。小枝にふんわりと載った雪上手く表現しきれない(雪の影を描くことでその上部の雪を現すことを意図したのだがーーー)。

雪景色(山陰線)

この雪景色は立木駅近くの山陰線沿線の風景。12/27今年最後の綾部へのお勤めの朝車窓から見た風景。曇る車窓をハンドタオルで拭きながら、シャッターチャンスを狙うのだが、列車が走っている時は開けている場所でないと画像が流れる、プラットフォームでは建屋が障害になって絵にならない。この景色はわずかなチャンスで撮れたものの一つです。不思議なのだが、雪景色はモノトーンになっている。

双ヶ丘(花園)

自然林の紅葉をスケッチしたくて自宅から徒歩15分の双ヶ丘に12月初旬の午前中に出かけた。自然林といっても双ヶ丘は兼好法師の昔、いや更にもっと昔から人の手が入った林ですが紅葉を求めるならある程度人の手が入らないところには楓の木は少ないのでしようが無いともいえます。この絵では木々の佇まい(幹や枝)と紅葉した葉の調子(スペース、彩り)光をどう捉えるか(まだ試行錯誤中)が注視したポイントです。

長法寺(長岡京市)

今年は紅葉狩に出かけた方だ。11・24は桂病院での人間ドックの2次検診が終って、長岡京まで足を伸ばして粟生光明寺の紅葉を見に行った。  この寺も3年前から紅葉の季節は拝観料を取るようになった。車で行くと近くに止めるには臨時有料駐車場を使うことになる。かって長岡に住んでいた私たちは少し南西に離れた長法寺近くの婦人会館の駐車場を借りることにし、そこから徒歩で約1km弱を歩くことにする。紅葉だけなら長法寺の体育館の周辺に植えられた紅葉の方が鮮やかなくらいだ。この絵の路地は体育館の東にある。めったに人の通りそうに無い静かな佇まいである。珍しい土塀と真っ赤な紅葉に曳かれてこの一角に足を伸ばした。 

嵯峨野晩夏

9月初旬の京都はまだまだ暑い。広沢の池のほとりも例外ではない。 竜安寺の境内では描きたいと思った黄色の睡蓮が岸辺から離れすぎていて断念した。その足で西に向かったこの池までペダルを漕いだ。  先客が鉛筆のモノトーンで岸辺の並木をスケッチしている。水鳥の居る葦原まで分け入ろうと思って岸辺の細道を奥に進む。左手に池を挟んで愛宕山がシッカリ見える。今日は小さなスケッチブックしか持って来なかったが大きな風景を捉えることにした。鉛筆も油性ペンも忘れたのですべて絵筆で処理する羽目になった。来週の撮影会の下見に来ていた私より少し上と思しき紳士と会話を交わした。『その空が良い感じですね』と小品を遠めに見ながら感想を漏らした。面で処理する西洋の技法はあまり試したことは無かったのだが、空の表現などではピタリはまっていそうな気がした。

桂川C

アクアリーナで一泳ぎした後、桂川の川原に出て自然道を嵐山の方向に向かう。5条の橋げたの袂から愛宕山を正面にする景観が、手前の柳とその先の堰と中州を形成している茂みと柳、更に対岸の茂みと木々の中景、その背後に松尾から嵐山と岩田山その奥に愛宕さんがやや逆光の中に浮かんでいる。このスケッチのモチーフは川面の表現。色を塗らない川面を周囲の彩色によって如何に表現するか?

桂川B

Aの地点から水際を少し上ったところに、ワンド状に中島が一部岸につながった箇所がある。構図として面白そうなのでスケッチする。中島の奥まっていく水際のラインが意外に微妙な角度で神経を使う。6Bの太い鉛筆なので、中島近くに居た青鷺の姿は点に近い表現になった。画面左に覗いている遠景の山は愛宕山。少し山がせせこましくなったのは残念。

桂川A

丁度桂離宮の脇を流れる桂川の風景。河川敷を上下流あるいは下上流に捉えた構図のスケッチを想定していたのだが、河川敷は塀で囲った畑地とそうでないところは結構な背丈の草が繁茂していて視界が効かない。視野が開けるのは釣り人が踏み固めた水際のせまいスペースだけ。昼下がり本来はプールでひと泳ぎした後、軽く鉛筆でのスケッチを想定していたのだが、プールがあいにく休館日(いつもならインターネットで確認してから自転車を出すのだが、この日は妻がPC利用中だったので確認せずに出てしまった)。アリーナから堤防道に出て、畑に下りるガタガタ細道を川原を水辺に向かった。珍しく東海道自然道にドッカリ腰を下ろしてナイフを使って絵を描いているひげのオヤジが居た。何本か生えている川原の柳樹を変わった構図で描いている。ほとんど抽象画。対象の樹の横に水際に出る小道が下っている途中に腰を下ろして描いたのがこのスケッチ。

広沢の池

広沢の池のこのスケッチは'99,5の以前のものですが、5月の時期にあわせて掲載します。油性のサインペンを使って細い線を使って形をとっている。葦の枯れた茎の様子がこの細線でそれなりに表現出来ています。

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洛外遠望B

”開祖堂”の礎石に腰を掛けて遠望Aの少し南の方を眺望する。こちらは視界がフラットに開けて、平地の手前には淀の競馬場の白い建物が小さく見える。 画面はA4で小さいのでパノラマを詳細に描くには狭すぎるので、B5の鉛筆の線を強調して、山並みと木々の際の線を一筆描きのように一気に引いて このスケッチなりの味を追及してみた。

洛外遠望A

善峰寺の”幸福地蔵”の祠の舞台から緑の谷間越しに京都市中を望んだ風景。 善峰寺には30年ぶりぐらいか?門前の急坂と、飛龍の松(天然記念物)、洛西の展望は記憶に残っていたが、伽藍やお堂、祠に花壇、池などこれ程境内が広かったのかと認識を新たにした。さて、スケッチのモティーフは5月の緑と広がりのある風景。今回は高みに上ったので自然と鳥瞰図になった。緑の谷は檜、杉の濃い緑に、楠の新緑の黄色、カエデ新緑とバラエティーに富むV字の谷になっていて、その先に洛西の竹林がありニュウタウンと長い丘陵その先に京都市中が広がり一番奥に東山が控えている。うす曇だったので遠景は霞んで沈んだ色調を装っていた。

有栖川

有栖川が少し牧歌的な風情を見せるあたり、梅津地区の小学校の脇を流れるところは片岸に数十m染井吉野の並木がある。車の進入しない堰堤からじっくり時間をかけてスケッチしても花見でそぞろ歩く人達に邪魔にならない。花を一杯つける桜は描きやすいモティーフだが、花の内側にある枝の表現に気を回したりすると結構厄介な素材になってしまう。気持ちは独木の風格のある大振りの桜を、出来れば水面や草原とのコンビネーションで描きたいところだが、今年もづぼらしてそんな桜にたどり着くことが出来なかった。

天神川

天神川の上流鳴滝を東に向かってこの川にぶつかる当り。川岸には紅葉、桜、柿などの葉が紅葉する木々が植わっている。川と石橋と紅葉を一枚の絵にと考えたのがこのスケッチ。手前の柿の木がやたらに小枝を張っているので後ろの石橋が大半隠れてしまう。柿の枝は不規則に横上下と縦横に伸びていて、立って道端でスケッチする身には厄介なモチーフ。時折横をギリギリに通る車を気にしながら絵筆を運ぶ。

妙心寺

仁和寺

松尾の山

土手に自然に生えたのか菜の花の黄色が緑の草の中に浮かびあっがているところがあった。自転車を自然歩道の脇に止めて草の生い茂った川原に降りる。土手の背後に松尾の山が新緑独特のまだら模様をつけてよこたわる。手前は丈の高い草。さてこの緑ばかりのモチーフをどう処理しようか? この絵は後で家に帰ってじっくり手を入れた。

嵐山

連休の嵐山は人出はピーク。渡月橋は車道にまでそぞろ歩きの人々が溢れている。この絵は渡月橋を1kmばかり下った大井川の川岸。川原はバーベキューをする家族連れなどでにぎわっている。岸辺のテトラの上に椅子を広げて堰を中心に構図を取る。新緑と枯れ茎の黄色のハーモニーが色彩的には面白い。川面の波も面白いがこれの料理法はいくら時間があっても足りない形もあって、もっとも短時間で処理する方法をとる。

窓望外

2Fの東の部屋の窓からの風景。もちの木の先に路地を挟んで隣家の夏みかんの木、これが目に入る緑。

玄関望外

玄関の引き戸を少し開いて戸口の外を見る。実際の玄関戸はこの絵程には歪んでいないが少し歪んでいる。敷居のすぐ外はコンクリートのタタキで上に片流れの屋根がかかっている。其の先は庭、庭の向こうに門扉、路地を挟んでお向かいがある。この絵は逆光の敷居や鴨居の表現がポイント。

嵯峨野1

嵯峨野の広沢池の西の畑の中道から東の眺望。西岸の枝をいっぱいに伸ばした楠がモチーフ。我が家にも30年ほどの楠が西の隅に実生のものが高さ5,6mで枝を張っていたのを、木ダニが落ちるのでということで、初めて入った植木やさんの手によって幹の3mばかりのところからそれこそバッサリ切り落としてしまった。もう枯れたかなと思っていたが幹のところから芽を吹き出しているのを今朝見つけた。これから育って奔放に伸びる枝と格闘するのはいつになるのだろうか?

窓1

上記の楠を窓越しに見たのがこの絵である。このスケッチは3年も前のもので楠は好き放題に枝を伸ばすことのできたころの絵。この習作のモチーフは楠ではなくて窓枠の逆光を表現をどうするか?光をいかに的確に表現できるか?においていた。結果からするとこの様な直線的な絵は定規のガイドを使ったメカニックにした絵のほうがいいのかも知れない。

美山

美山町は茅葺屋根の家で有名な京都の北に位置する山間の町である。このスケッチは秋央美山を訪れたとき、国道を少し入った畑のあぜ道に腰を下ろして遠景を描いたものである。

平安のお堂

このお堂は近所の農園の中に立っている。平安時代世相の荒れた時代 破れ法衣をまとって洛中を車を引いて徘徊したという、破れ車の僧を奉るお堂である。この話は謡曲にもなっているとのこと。


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